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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2241号 判決 1968年11月29日

控訴人 安室カメ

<ほか六名>

右七名訴訟代理人弁護士 高林茂男

小林嗣政

被控訴人 浜田作輝

右訴訟代理人弁護士 瀬沼忠夫

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら(原審被告ら)は主文と同旨の判決を求め、被控訴人(原審原告)は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述は次のとおりである。

被控訴人は請求原因として

原判決第一物件目録表示の土地(本件土地)は被控訴人の所有であるが、控訴人常盤を除く控訴人ら(控訴人安室ら)は、右地上に同第二物件目録表示の建物(第二建物)を所有して右土地全部を占有し、控訴人安室武男は同第三物件目録表示の建物(第三建物)を所有して右土地中二四・七九平方米を占有し、また控訴人常盤は第二建物のうち原判決図面(二)斜線表示部分に居住して右土地中二二・三一平方米を占有しているから、被控訴人は土地所有権に基づいて、控訴人安室らに第二建物の収去による本件土地の明渡、控訴人安室武男に第三建物の収去による占有土地の明渡、控訴人常盤に第二建物占有部分からの退去による占有土地の明渡を請求する。

と述べた。

控訴人らは答弁および抗弁として

請求原因事実中控訴人安室武男が第三建物を所有して本件土地二四・七九平方米を占有していることは否認し、その余はすべて認める。

控訴人安室らの先代安室長太郎(安室カメの夫、その他の控訴人らの父)は、昭和一二年頃被控訴人から建物所有の目的で本件土地を賃借して、地上に第二建物を作ったが、昭和四〇年三月二六日同人が死亡したため建物所有権および土地賃借権は控訴人安室らが承継取得し、現に同控訴人らが本件土地を賃借中である。また控訴人常盤は第二建物の占有部分を当初安室長太郎から賃借し、同人歿後控訴人安室らから引続きこれを賃借している。

と述べた。

被控訴人は右の答弁および抗弁として

被控訴人が昭和一二年頃安室長太郎に本件土地を賃貸し、右賃借権が昭和四〇年三月同人の死亡により控訴人安室らに承継されたことおよび控訴人常盤がその占有建物部分を安室長太郎から賃借し、控訴人安室らがその賃貸人の地位を承継したことは認める。

控訴人安室らの賃借権は消滅した。即ち波多野知三は安室長太郎から第二建物の一部を賃借していた者であるが、昭和三三年以前に右建物の屋上即ち本件土地上に第三建物を建築し、長太郎は第三建物の敷地部分の土地賃借権を知三に譲渡または転貸したので、被控訴人は昭和四一年一〇月送達の本訴訴状をもって控訴人安室らに賃貸借契約解除の意思表示をした。

と述べた。

控訴人らは右の答弁および抗弁として

被控訴人が契約解除の意思表示をしたこと、第三建物は第二建物の一部の賃借人波多野知三が第二建物の屋上に作ったものであることは、これを認める。しかし、控訴人安室らが本件土地の一部の賃借権を波多野に譲渡または転貸した事実はない。第三建物は波多野が昭和二一年頃その費用をもって増築した部屋であって、四畳半一室と押入から成り、ここへ行くのには第二建物の六畳間から梯子段を昇る以外に方法はなく、要するに第二建物の二階部分に当り、第二建物に附合したものである。もっとも第三建物については波多野の相続人波多野文代ほか四名が昭和四二年七月五日保存登記手続をするとともに即日控訴人安室武男へ売買による所有権移転登記手続をしたのであるが、右に述べたとおりこの建物は一箇の不動産でもなく、区分所有の対象となる建物でもないので、右各登記は、本来登記すべからざるものを誤って手続した無効の登記である。かりに第三建物が一箇の建物とみなされるとしても、この建物は第二建物の上にあるため、安室長太郎が第三建物の敷地部分の土地賃借権を失うことはなかったから、賃借権の譲渡、転貸ということはあり得ない。いずれにしても土地賃借権の譲渡、転貸の事実はないから、被控訴人の解除の意思表示は効果がない。

かりに右の主張が理由がなく、賃借権の譲渡または転貸の事実があったとしても、被控訴人の父浜田作平は本件土地の至近の場所に居住し、十数年間右の事実を現認していたと思われるのに、かつて異議を述べたことがない。従って被控訴人がこれを承諾していることは明らかである。

かりに被控訴人の承諾が認められないとしても、被控訴人の解除権行使は権利の濫用である。被控訴人は波多野の増築を長い間黙許しておきながら、今般たまたま控訴人安室らに借地権更新料を請求してそれが容れられなかったため、俄かに二十年前の増築に藉口して契約解除を主張したものであって、権利の濫用である。

と述べた。

被控訴人は右の答弁として

第三建物の登記事項およびその構造それへの通路は控訴人ら主張のとおりであるが、右建物は波多野が安室長太郎の承諾を得て第二建物に附加したものであるから、後者に附合しない。第三建物は家屋台帳にすでに波多野知三の所有として登載されており、構造上も区分所有の対象となるものであるから、同人の所有であったことは疑なく、従って安室長太郎が、本件土地賃借権の空中部分を同人に譲渡または転貸したことは明らかである。賃借権の譲渡、転貸に対して被控訴人が承諾を与えたことは否認する。

と述べた。

被控訴人の証拠の提出は原判決記載のとおりであるから引用する。

理由

本件土地が被控訴人の所有であること、控訴人安室らがその地上の第二建物を所有して本件土地を占有していること、控訴人常盤が右建物中被控訴人主張部分に居住して本件土地の一部二二・三一平方米を占有していること、控訴人安室らの夫または父に当る安室長太郎が被控訴人から本件土地を賃借し、昭和四〇年同人の死亡により控訴人安室らが借主の地位を承継したことおよび同控訴人らと控訴人常盤との間に、同控訴人の占有する第二建物の一部について賃貸借契約が存在することは、いずれも争がない。

被控訴人は、控訴人安室らの土地賃借権は解除によって消滅したと主張するので検討する。第三建物が第二建物の屋上にあり従って本件土地上に存在すること、第三建物は第二建物の一部の賃借人波多野知三が昭和三三年以前に自己の費用で構築したもので、昭和四二年七月五日知三の相続人波多野文代ほか四名の名義で保存登記がされていることは、ともに争のないところである。しかしながら、右建物が四畳半の部屋と押入各一箇から成り、外部から右建物(部屋)への出入は第二建物内の六畳間にある梯子段を使用するほか方法がないことも争がなく、これによれば、第三建物は既存の建物(第二建物)に増築された二階の部分であり、その構造の一部を成すもので、それ自体では取引上の独立性を有しない物体ということができる。かようにみられる以上、たとえそれが賃借人である波多野の費用によって作られ、作るについてかりに賃貸人の承諾があったとしても、民法二四二条但書の適用はないと解するから、その所有権は構築当初から第二建物の所有者安室長太郎に属したものというほかはない。よって、第三建物についての保存登記は、本来登記すべきものでない事項を誤って登記したものというべきで、このことは、真正に成立したと認められる甲第二号証に、第二建物の登記簿の表題として、「二階建一階一三坪二階三坪」の表示があり、二階三坪の部分は明らかに第三建物の登記と重複している事実および同じく甲第三号証に、第三建物の登記簿の表題として「平家建」の表示があり、明らかに現況と相違する事実からも肯定されることである。そうすると、第三建物が波多野によって構築された事実だけをみて、その敷地に当る部分の賃借権が同人に譲渡または転貸されたことを認定することは到底できないばかりでなく、ほかに右の事実を認定するに足る証拠はないから、これを理由とする被控訴人の契約解除の意思表示(意思表示があったことは争がない。)は、効果を生じないといわなければならない。

しからばその他の争点を判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は明らかに失当であるから、これと結論を異にする原判決を取消して請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 田嶋重徳 吉江清景)

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